私は夕暮れ時が好きです
都会でも住宅地でもビルの谷間でも田舎でも、どこで見ても夕焼けはいいなと思います
ついでにTHE BLUE HEARTSの「夕暮れ」という歌も好きです

あと景色も好きです
山、川、家、ビル、公園、コンビニ、工場、電線、飛行機、電車、船、移動中の車からでも職場の屋上からでも建築現場の足場の隙間からでも、何でもいいのですがそこから見えるものが好きです
そして設計計画地で良い景色を見た時には、この景色を建築に取り込みたいな、と思い積極的に取り込んだりもします
その結果、毎回窓から見える景色には感動するのですが、一方では結局外で景色を見るのが一番心地良いな、とも思っています
これは外の気温や湿度、匂い、風、音、色々含めての心地良さなのかなと思います
外は、右も左も上も下も前も後ろも全方位で体感できるのが良いのかもしれません
あと、誰と見るかも大事ですね
記憶に残る景色には、見え方だけではないその瞬間にしか体験できない色んな事が混ざり合っているのだと思います

漠然とそんな事を考えているのですが、いつの日か「風景を建築に取り込む」のではなくて、「建築を風景に取り込む」設計ができたらな、と思っています
都会だったらベンチとか、住宅地だったらポストとか電線とか、田舎だったら山とか岩みたいに、そこに当たり前に存在しているものとして建築が佇んでいればいいな、そんな家を建ててみたいなと思っています
しかも建築っぽくなく、「ただ当たり前にそこに在る」を建築で表現できたら、それは最高なんやろうなと思っています
でもこれってなかなか難しくて、それを意識すると「当たり前に在る」にはならないし、意識しないと出来ないし、透明にするとかそういう事でもなくて、「ちゃんと在る」、だけど「それが当たり前の様に風景にとけ込んでいる」感じというか…
設計者人生で一邸でもいいから、そんな究極の設計が出来ればいいなということを考えながら日々設計をしています
「紀美野町の平屋」がそれに最も近づいた瞬間かなと思っています
足場が外れて夕暮れ時にその佇まいを見た時に、一瞬息が止まる感じがしました
THE BLUE HEARTS「夕暮れ」の歌詞
「夕焼け空は赤い 炎のように赤い この星の半分を真っ赤に染めた」
*引用元 作詞 甲本ヒロト・作曲 甲本ヒロト・曲名 夕暮れ
風景と建築が真っ赤に染まって、境界や概念がなくなって一つになった瞬間ですね

自分で設計する家は全て「良い家」だと思って丹精込めて創り上げて、毎回胸をはってお引渡ししているので、これは設計自体の優劣とか思い入れの強弱とかではないんですよね
「ちゃんとそこに在る」、だけど「当たり前の様に風景にとけ込んでいる建築」
それは私の中の「良い家」の定義とは別軸にある、私の究極の目標ですね
なんか今回はややこしい話で失礼しました
でもこういう事を考えるのって悪くないですね
KADeL 西尾真一
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